中山美穂さんが2、3か月に1回通った笹塚の焼き肉店「にくる」店長が悼む…「最後に絶対頼んでくれる」すだち冷麺
中山さんが生前通っていた東京・笹塚の焼き肉店「にくる」の店長・伊藤信太郎さん(44)が7日、スポーツ報知の取材に応じた。 同店を訪れるようになったのは、もともと常連だったという妹・中山忍の紹介。「美穂さんは2、3か月に1回ぐらいのペースでいらっしゃる。いつもライブのバンドのメンバーや忍さんと一緒に来てくれて、みんなのリーダーみたいな感じでいつも気さくで楽しく過ごしてくれていました」と振り返る。仲間との会話を楽しみながらレバーやホルモン、赤身肉、野菜とバランスよく食べていたそうで「最後に絶対すだちの冷麺を頼んでくれていました」。22年に出演したTBSの「人生最高レストラン」でもこの冷麺を紹介していた。 悲報は知人からの電話で知った。「ホンマかな?とぼう然としました。昨日の晩、帰ってテレビを見て(自宅を訪れた)忍さんの涙を見たときはちょっと耐えられなかったです。テレビのニュースはちょっと冷静に見られない」とショックを隠せない様子だ。 かねて、コンサートや舞台の際には中山さんからのリクエストで弁当を差し入れることもあったという。「先日持っていったとき(時間の都合で)会えなかった。今思えばもうちょっと待って会っておけば…」と後悔の念を口にする。「美穂さんは僕にとって異次元のスターで、忍さんのおかげで身近に感じさせてもらえた。感謝していますし、だからこそ最後に会えなかったのが本当につらいですね」と言葉少なに話した。
中山美穂さんの悲劇で注目の「ヒートショック」対策 断熱ジャーナリストは「3LDKマンションなら20万円台で可能」補助金でほぼ半額に
12月6日に日本を駆け巡った突然の悲しい知らせ。女優で歌手の中山美穂さんが54歳で急逝したのである。事務所の発表によれば、死因は「入浴中に起きた不慮の事故」だという。“事故”の詳しい内容は明らかになっていないが、SNSでは「ヒートショック」が関係しているのでは、という投稿も相次いだ。 12月6日の東京の最低気温は5.2℃ ヒートショックとは、急激な血圧の変動が引き起こす体の不調のことで、重篤なケースでは失神や心筋梗塞、脳梗塞により、命にかかわることもある。 特に風呂場で起きやすいと言われているが、その理由は“温度差”にある。冬の日本では暖房の効いたリビングと、無暖房の脱衣所やトイレとの温度差が全国平均で15℃もあるというのだ。暖かいリビングから寒い脱衣所に移動し、さらに服を脱ぐことで血圧が急上昇。そして今度は熱い湯船に浸かった途端、血圧が一気に下がるというメカニズムだ。 暖かいリビングから寒い脱衣所に移動し、服を脱ぐと血圧が急上昇 この急激な血圧の上昇・下降の繰り返しが、脳や心臓、血管にダメージを与えることで、失神や心筋梗塞、脳梗塞を引き起こしてしまうのである。また、水の張られた浴槽内で意識を失った場合には、溺死の危険性もある。ヒートショックは死に直結する非常に恐ろしい現象なのだ。 中山さんの訃報が報じられた12月6日の東京の最低気温は5.2℃で、前日の8.9℃から一気に下がっていた。先週末から急激に冷え込んだ関東地方では、風呂場で寒い思いをした人も多かったのだろう。中山さんの訃報を聞き、「ヒートショック」を連想した人が多くいたことも頷ける。 ところで、ヒートショックを引き起こす住宅内の“温度差”は、日本の住宅性能に起因する「特有の問題」であることはご存じだろうか。 日本の住宅は国際的な基準では無断熱に近い 日本の住宅性能に詳しいノンフィクションライターで、『「断熱」が日本を救う』(集英社新書)の著作のある高橋真樹氏は、“断熱ジャーナリスト”としても活動している。高橋氏は、 「中山さんの死因と直接の関係があるかは分かりませんが」 と断った上で、このように指摘する。 「消費者庁の統計によると、住宅のお風呂で溺死する65歳以上の高齢者は、年間に約5000人いるとされます。また別の推計では、入浴中に倒れて他の疾病で亡くなる方は、年間に約1万7000人にのぼるとも言われます。全国の交通事故の死亡者数は2022年で2610人。この推計値で比較すると、6倍以上になります。そして、その大きな要因となっているのが、日本の住宅の断熱性能の低さなのです」(高橋氏) というのも2022年4月まで、日本の断熱性能は1~4の4段階評価で、「開口部に複層ガラスを用いる」と規定される「4」が最高等級と位置付けられてきたが、 「実は2023年の時点で、既存住宅5000万戸のうち、最高等級4の基準を満たしている住居はわずかに13%しかありません。しかも、その等級4の基準自体、国際的に見ると極めて低い断熱性能なのです」(同) 国も問題意識は持っており、この「断熱性能基準」は、2022年に5~7が新設され、全7段階となった。さらに2025年4月からは新たに建築される住戸すべてが等級4の条件を満たすことが義務付けられることになった。 「大きな前進ではあるものの、対象はあくまで4月以降に建てられる新築ですから、既存住宅の断熱性能とは関係がありません」(同) アルミサッシの窓は“最悪” WHO(世界保健機関)は、「住宅と健康ガイドライン」の中で、寒さから健康を守るための最低室温の基準を18℃と設定している。基準の参考元となったイギリス保健省の調査では、室温が18℃未満では血圧上昇や循環器系疾患に影響し、16℃未満では呼吸器系疾患に繋がるとの結果も報告されているという。 「日本の最低室温については、断熱改修を予定している住宅の約9割で室温が18℃を下回っているという測定結果もあります。日本では多くの家がWHOの基準を満たしておらず、国際レベルでは“違法建築”とも呼べる状況となっているのです」(高橋氏) なぜ日本の住宅はこれほどまでに“寒い”のか。 「断熱材が敷設されているかどうかなど、色々な要因があるのですが、1番分かりやすいのが“窓”です。住宅が外気温の影響を受ける割合は、戸建てで約5割、マンションでも3~4割は窓による影響と考えていいでしょう」(同) 戸建ての方が影響が大きいのは、窓が大きく、数も多くなりがちだからだ。また、日本の住宅で特に窓が問題とされるのは、その材質と構造に理由がある。 「住宅の中でもっとも熱が出入りする、窓やドアなどの開口部からは、夏は74%の熱が侵入し、冬は50%の熱が出て行ってしまいます。日本の窓で問題なのは、いまだに多くの住宅でアルミサッシが採用されていること。欧米で使われる樹脂製や木製の窓枠と比較し、アルミサッシの熱伝導率は1200倍にもなります。実は、冬に気温が下がる先進国でアルミサッシが重用されているのは日本だけなのです」(同) ちなみに、中山美穂さんの住居は70平米ほどのマンションだったと言われているが、リノベーションで壁をなくした「吹き抜け構造」だったとも報じられている。 「吹き抜け構造の住居の場合、特に暖房効率が悪くなりますので、断熱性能が高くないと、部屋全体が寒くなりやすいということは言えると思います」(同) 意外とお手頃な「内窓追加」…
中山美穂さんの親族に群がる「マスゴミ」に見えてしまう…「芸能人の死」を報じる新聞・テレビに欠けていること
12月6日、俳優で歌手の中山美穂さんが、東京・渋谷の自宅で死亡しているのが見つかった。このニュースをマスコミ各社は大きく報じた。ノンフィクションライターの石戸諭さんは「中山さんの妹である中山忍さんへの直撃取材に対して、SNS上で批判が殺到している。たしかにマスメディアのこうした報道姿勢はかなり無理のあるものだが、遺族への取材をすべてやめれば問題が解決されるわけではない」という――。 ■批判が殺到した“マスコミの遺族取材” 中山美穂さんの突然の死去が伝えられた直後から、マスメディアの遺族取材に対して批判が強まっている。著名人の死去が報じられるたびに取材姿勢への批判は出ているが、さすがに私も実の妹である中山忍さんへの取材は確かにかなり無理があったと思う。 テレビ各社はコメントを求めていたが、もし私がかつて記者として所属していた全国紙の社会部デスクならば、事件性がないと判明した時点で撤収していいと指示をした。特にコメントがなければ「突然の痛ましい死にショックを受ける様子」をわざわざ流す必要もないし、事実を伝えたければ、原稿のなかで一言触れれば事足りる。 遺族に殺到する報道陣の姿が、どう見えるのかを考えなければいけない時代にとっくに入っているのだが……。 この手の取材への批判はわかるが、他方で私はよく遭遇する著名人に限らず遺族への取材を原則辞めたほうがいいという論には与(くみ)しない。 取材現場のもう少しばかり複雑だ。 大切なのはケースバイケースで判断することであり、取材をやめることではない。閉ざしたい口を無理やりこじ開けるような取材は慎むということは当たり前だが、だからといって「マスコミの報道姿勢はおかしい」という声にいたずらに迎合して、すべてをやめる必要もない。 いま必要なのは、なぜ「ある人の死」を報じるのか。問いに答え、報道の原則にあらためて向き合い、メディアとしての考えを発信し続けることだと思うのだ。
中山美穂さんと同期「85年組」の森口博子 あふれる涙「ちょっと信じられない」
女優で歌手の中山美穂さんが6日、都内の自宅浴室で死亡しているのが見つかった。同じ1985年デビューで同期となる歌手の森口博子(56)は、生放送のラジオ番組で涙ながらに追悼。早すぎる旅立ちに、悲しみが広がった。 あふれる涙をこらえることはできなかった。BAYFM「KISS&SMILE」に生出演した森口は、放送中盤に「同期で同じレコード会社の(中山)美穂ちゃんが…亡くなってしまったというニュースが入ってきて、ちょっと私も信じられないというか」と中山さんの訃報にふれた。 続けて「ちょっと私も信じられないというか動揺しているというか、え~何でという気持ちでいっぱいです」と話していたが、次第に涙声に。そして「あまりにも突然で、私も気持ちの整理が…生放送なんですけど(整理が)つかなくて」と言葉を詰まらせた。 生放送中に突然入ってきた訃報。森口は「ラジオを聴いている皆さんも驚いていると思うので、まずは気持ちを落ち着けて、ラジオの前の皆さんと今ある時間を進めていきたい」と自らに言い聞かせるように語った。それでも「ただただ、美穂ちゃん、どうしちゃったんだろうという気持ちでいっぱいです」とぼうぜんと語り「私たちは50代。本当に、突然何が起こるか分からない年齢になってきました。美穂ちゃん、54歳。まだまだ若いです」と悔やんだ。そして「私の中で気持ちを通わせて、後でゆっくり美穂ちゃんとは私の中でお話しさせていただきたい」と悲痛な声で語った。 中山さんと森口の他、85年には多くの才能がアイドルデビュー。中森明菜、小泉今日子、松本伊代ら「82年組」と呼ばれた世代に負けない豊作の年と言われた。中山さん、浅香唯、おニャン子クラブの工藤静香、南野陽子は「女性アイドル四天王」とも呼ばれ、その他にも斉藤由貴、井森美幸、石野陽子など現在も活躍を続ける同期は多い。仲間たちも大きなショックを受けており、大西結花の所属事務所関係者は「大変憔悴(しょうすい)しており、言葉がない状態です」と様子を語った。
中山美穂さんの主演作「眠れぬ森」に再び注目…長らく再放送がなかった”背景”と絶頂期のキムタクを求める声
6日に亡くなった歌手で女優の中山美穂さん(享年54)の名曲や出演作に注目が集まっている。名作は数えきれないが、SNSではとくに1995年公開の映画『Love Letter』と98年にフジテレビ系で放送された中山さんと俳優のキムタクこと木村拓哉(52)が主演のドラマ『眠れる森』を思い返す声が多い。 当時、国民的グループSMAPのキムタクにとっては、2000年に歌手の工藤静香(54)と結婚直前で、独身アイドルとして人気絶頂期だった。 《中山美穂の美しさは当然として、キムタクが第1期の黄金期だし、ユースケサンタマリアがまだ踊るくらいしか出てない頃だし、あと本上まなみかわいい》《あの当時、ドラマつけたら美穂ちゃんとキムタクだった…》《ミポリンの美貌と、大人気だったキムタクと、竹内まりやの曲。神ドラマ》――。 「20代だった主演2人の美しいビジュアルに加え、故・野沢尚氏が脚本の15年前の一家殺害事件が絡む重いミステリードラマ。最終回の考察を含めた衝撃作となりました。この作品でミステリーにハマったという人も多く、ラブストーリーではないキムタクの演技も注目。ファンからは《絶頂期のキムタクが見られる》《キムタクが一番格好よかったドラマ》と評されるほど。人気作ながら、長い間地上波での再放送がなかったことから、2000年に実際に起きた一家殺害事件とシンクロされるなど憶測が流れました。それが昨年4月に再放送され、今年10月にもFOD・TVerの企画で無料公開されて話題になって、改めて作品に注目が集まっていたタイミングでした。中山さんの訃報を受けて、また地上波で再放送してほしいとの声が散見されます」(芸能ライター) また、《キムタクが工藤静香と結婚した時に「中山美穂だったら許せるのに…」って言っていた人がたくさんいた》《確か、眠れる森の頃、キムタクの結婚報道があって、相手は中山美穂さんだろうなー、って、勝手に思ってました》などと”理想のカップル”と捉えた人も多かった。 「多くの共演者や親しい友人が中山さんにコメントを寄せていて、同期デビューでキムタクの妻・工藤さんもファンクラブサイトで悲しみの声を表明していました。妻の気持ちを思いやってか、6日以降もキムタクのインスタグラムは”通常運転”のままのため、ファンからは心情を察し心配する声が出ています」(前出) FODでは現在1話無料配信中。思い出に浸るファンは多そうだ。 西田敏行さんの訃報にはコメントを寄せていたが?●関連記事【もっと読む】無教養キムタクまたも露呈…ラジオで「故・西田敏行さんは虹の橋を渡った」と発言し物議…に詳しい。
古閑美保が元夫・小平智の親友・野田早人と同棲交際疑惑…離婚前から親密関係を週刊文春報道で物議。画像あり
プロゴルファーの古閑美保さん(こが・みほ 40歳)と小平智さん(こだいら・さとし 33歳)が、結婚から5年で離婚していたことをニュースサイト『NEWSポストセブン』が2日に報じ、離婚理由などを巡って様々な憶測も飛び交っています。 そうした中で10日発売の週刊誌『週刊文春』は、古閑美保さんが小平智さんの親友で、元プロゴルファーの“リッキーハヤト”こと野田早人さん(のだ・はやと 33歳)と同棲交際していることや、離婚成立前から2人が親密な関係にあったことを報じています。 <↓の画像が、野田早人さんの写真> 週刊文春によれば、離婚が報じられてから2日後の4日夜に、東京タワーからほど近いビルの地下にある会員制ゴルフスタジオで、このスタジオのオーナーを務める野田早人さんの誕生日会が行われていたといい、そこに古閑美保さんの姿もあったそうです。 スタジオ関係者は取材に、「古閑さんは野田さんに、ネックレスとお寿司の形をしたケーキをプレゼントしていました。店内でも終始、仲睦まじい様子でした」と証言しています。 誕生日会を終えて外に出てきた際には、古閑美保さんと野田早人さんが手を繋いでいたほか、野田さんが古閑さんに抱きつき、頬に濃厚なキスをする場面もあったといいます。 <↓の画像が、週刊文春撮影の古閑美保さんと野田早人さんの2ショット写真> その後2人は揃ってタクシーに乗り、高級住宅街にある古閑美保さんの自宅マンションへ向かったとのことです。 週刊文春は、2人が時間差でマンションの中へ入っていく姿などをキャッチしており、ゴルフ界関係者は2人の関係について、「実はこの2人、小平さんがアメリカツアーに参戦していた今年の夏頃から急接近し、今は古閑さんが借りたマンションで同棲しているんです。古閑さんと小平さんは、すれ違いが多くなっていたとはいえ、正式に離婚したのは10月中旬のことでした」と明かし、離婚成立前から親密な関係にあったとしています。 <↓の画像は、離婚した古閑美保さんと元夫・小平智さんの写真> 夫婦にすれ違いが生じた理由については、「古閑さんはずっと子どもを欲しがっていたが、米ツアーにも参戦し日米の往復もあって忙しい小平さんとはなかなか生活リズムが合わない。」と説明しています。 続けて、「40歳が近づき妊活や夫婦の将来に悩んだ古閑さんが相談を重ねた相手が、野田さんだったのです」と、古閑美保さんと野田早人さんが急接近した経緯を明かしています。 <↓の画像は、古閑美保さん、小平智さん、野田早人さんの写真> 小平智さんと野田早人さんは同学年で、ジュニア時代から切磋琢磨してきた仲といい、2018年には小平さんが出場した大会で野田さんがキャディを務め、2020年には共同でYouTubeチャンネル『小平智What`s up golf』(登録者数:8万人)を開設し、動画で共演もしています。
中山美穂さんと離婚した元夫・辻仁成氏「家庭に女優を持ち込むな」パリ夫婦生活での違和感と、美穂さんが描いた“老後”
《不意の悲しい知らせがあり、昨日は日記をお休みして、一日、祈っていたのである。そして息子のことが心配なので、昨日はずっと息子君に寄り添っていたのだ》 中山美穂さんの急逝が発表された12月6日、自身の公式ブログで心境を綴った作家でミュージシャンの辻仁成氏。 8日にもWebマガジン『DesignStories』を更新し、これまで365日休まなかった日記を書けなかったこと、あらためて元妻に“祈り”を捧げていたこと、そして2025年1月で20歳になる長男の様子を明かしたのだ。 2002年に辻氏と結婚した中山さんは、翌年にフランス・パリに移住して芸能活動を一時休止。2004年に長男を授かると育児に専念するも、2年後には仕事復帰してパリと東京を往復する生活を始める。 そんなすれ違い生活の影響もあってか、2014年7月に離婚が成立すると『美ST』(2014年10月号、光文社)にて、その理由を《好きな人に出会った》と告白。一部で不倫も報じられた音楽家との交際もオープンにするのだった。 「すっかり“恋愛体質”“自由奔放”など負のイメージが付きまとい、辻さんに親権を譲ったことでさらなる批判に晒された美穂ちゃん。でも1985年のデビュー以降、ずっと芸能界の一線で活躍してきた彼女だけに、突如として家庭を守る生活、それも異国の地での生活にストレスを感じた面はあったと思います」 ちゃんと演技のできる役者だったんだな 中山さんを見守ってきたというベテラン芸能リポーターが擁護するように、彼女にも言い分があったのかもしれない。辻氏とのパリでの夫婦生活はどんなものだったのか、2010年当時、中山さんが連載を持っていた『LEE』(6月号、集英社)で夫婦揃ってのインタビューに応じていた。 中でも気になったのが、夫による妻への“評価”ともとれる発言ーー。 《この人は、息子のお母さんであるだけじゃなく、ちゃんと演技のできる役者だったんだなって。》 《結婚した時、しばらくは家庭の中に女優の中山美穂を持ち込むのはよくないだろうと思っていたんです。》 中山さんの代表作、映画『Love Letter』や『東京日和』を観ていないという辻氏。結婚当初は女優・中山美穂として接することに抵抗があり、数年経ってようやく妻の、長男の母親の演技を観て感動したようだ。 さらには、こんな夫婦のやりとりも“暴露”する辻氏。 《しばらく家を空けて戻ると、この人、犬が待っているみたいに、すごい喜んで迎えてくれ
《私には帰る場所がない》ライブ前の入浴中に突然…中山美穂さん(享年54)が母子家庭で過ごした知られざる幼少期「台所の砂糖を食べて空腹をしのいだ」
あまりに突然の出来事だった──12月6日、渋谷区にある自宅の浴槽内で亡くなっていることがわかった歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)。 所属事務所は12月8日、中山さんの公式サイトで「検死の結果、事件性はないことが確認されました」と発表し、死因は「入浴中の不慮の事故」と伝えた。 1980年代半ばから90年代にかけ“ミポリン”の愛称でトップアイドル、そして女優として活躍した中山さんだが、生前、幼少期のエピソードについてはあまり語らなかったとされている。【前後編の前編】 そんな彼女も、2012年の自著『なぜなら やさしいまちが あったから』(集英社文庫)で自身の幼少期や家族について赤裸々に綴っていた。その中には、当時の暮らしぶりを表したような一節がある。 〈はじめましてとさようならはいつもセットだった──〉 “別れ”の連続だった幼少期 さかのぼること1970年3月、中山さんは長野県の自然豊かな町で生まれた。ある芸能記者は言う。 「ご両親は地元でスナックを経営されていたようです。中山さんが3歳の頃におふたりは離婚しており、彼女には実父の記憶がほとんどないといいます。その後は実母と妹で女優の中山忍さん(51)と東京へ引っ越しましたが、母子家庭のためか生活が苦しく、中山さんは台所の砂糖を食べて空腹をしのいだこともあったそう。 上京してほどなくお母さんが昼夜問わず働き詰めになり、ほとんどの時間を親戚の自宅で過ごすことになりました。 芸能界については幼稚園に入るころからすでに憧れがあったようで、親戚の家では段ボールの上に乗って『キャンディーズ』や『ピンク・レディー』の曲を歌っていたこともあったとか」 のちに中山さんはこの親戚を、トーク番組『A-Studio』(TBS系)で“育ての親”だと述べている。なかでも叔父にあたる男性については「本当の父親のように家族の一員として接してくれました」と語っており、忙しい母親に代わって愛情を注いでくれる大切な存在だったようだ。 そんな“第2の父”ともいえる男性だが、中山さんの世話をしている間に若くして亡くなってしまう。幼少期の短い間で二度も“父親”を失う体験をした中山美穂さんは、前出の自著でもその存在と自身の恋愛観を重ねてこう振り返っていた。 〈思春期からの数々の恋愛は、父親を求めるような戯れでもあった。未熟と成熟を抱えながらその中心でバランスを保つことはなく、常に激しく人と向き合っていたと思う。ほとんどの大人と異性は私に、自分で学ぶことの大切さを教えてくれた〉 この失望から束の間、中山さんにとって大きな出来事が起きる。 「中山さんが10歳くらいの頃、お母さんが秋田県出身の男性と再婚し、一緒に暮らすようになった。1982年にはその義父との間に弟も生まれており、その頃の中山さんは子どもながらに『寂しいけど、長女だからしっかりしないと』と感じていたようです。 また両親の仕事の関係で、都内で何度も引っ越しを繰り返していたことから友人と呼べる人がほとんどいなかったともいいます。連載をしていた女性誌のエッセイでは、当時の生活を『帰る場所がなかった』というふうに語ったこともありました」
【入浴中の不慮の事故、沈黙守るワイルド恋人】中山美穂さん、最後の交際相手は「9歳年下」「大好きな音楽活動でわかりあえる」一緒に立つはずだったビルボード
新たなロマンスが世に出てまもなくの急逝だった──。12月6日、歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)が自宅で亡くなっているところが発見された。所属事務所は、「入浴中の不慮の事故」と死因を説明している。 『サンケイスポーツ』は今年の元日、中山さんとクラブジャズバンド「JABBERLOOP(ジャバループ)」などで活動するベーシスト・永田雄樹(45)さんの交際を報じた。永田さんは、数年前から中山さんのバンドのバンドマスターとして、コンサートやファンクラブイベントなどに帯同してきた。 「もともと中山さんが『JABBERLOOP』のファンで、共通の知人を介して交流が始まり、音楽活動の中で距離を縮めていったようです。永田さんは派手な緑色のロン毛とワイルドなビジュアルで、いかにもミュージシャンという個性的な佇まいの方です。 ちょっと強面な雰囲気ですが、真摯に音楽に向き合っており、ベースの話題となるとどこまでも語ってくれます」(音楽業界の関係者) 永田さんは12月1日、中山さんのコンサートツアーの初日を無事終えたことをInstagramで報告し、〈次は12/6、ビルボード大阪!〉と意気込んでいた。まさか中山さんが急逝し大阪公演が中止になるとは、このとき全く想像していなかっただろう。中山さんが亡くなった12月6日、前日出演したライブについて報告したのを最後に、永田さんのSNSは更新がストップ。沈黙を守り続けている。
ひめかが綾田社長に見捨てられてエースグループをクビ…”進撃のノア”が代わりとなった真相に驚愕…進撃のノアの格闘家との三角関係がヤバい…鬱病克服した現在に言葉を失う…
ひめかが綾田社長に見捨てられてエースグループをクビ…”進撃のノア”が代わりとなった真相に驚愕…進撃のノアの格闘家との三角関係がヤバい…鬱病克服した現在に言葉を失う… ひめかがエースグループをクビになった理由がついに明らかになり、驚愕の事実が次々と明らかにされています。元々綾田社長に大きく期待されていた彼女ですが、突然の解雇にその背後には深刻な事情があったことが判明しました。その後、代わりに登場したのは「進撃のノア」と呼ばれる新たなスター。彼がどのようにしてひめかのポジションを引き継いだのか、その真相に驚きの声が上がっています。 さらに、進撃のノアが格闘家との三角関係に巻き込まれているという情報が流れ、注目を集めています。彼の恋愛模様とプロフェッショナルな顔が交錯する様子は、まさに壮絶です。 しかし、最も衝撃的なのは進撃のノアが鬱病を克服したことです。彼がどのようにして精神的な障害を乗り越え、現在の成功を収めたのか、その過程には多くの人々が言葉を失っています。彼の勇気と再生の物語は、今後ますます多くの人々に感動を与えることでしょう。